受験生時代
英語1000題テストで全国2位。
東進ハイスクールの英語1000題テストで、全国2位を獲得しました。
PRIVATE MENTOR
家庭教師、人生相談、音楽活動、コミュニティの運営。出会った人の相談や頼みごとに向き合う中で、活動の幅が広がってきました。
目の前の人は、何に困り、何を望んでいるのか。そこをつかみ、その人自身が道を見つけられるように導くことが、すべての活動に通じる姿勢です。

自分で経験し、考え、選んできたことが、言葉や振る舞い、その人の存在に宿っている。それが「本物」だと考えています。肩書きで自分を飾らず、欠点や矛盾も含めて自分と向き合う。心が動く方へ踏み出し、自分で選んだ道を引き受け、潔く生きる。分野をまたいで歩んできた根底には、そんな思いがあります。今も、その途上にいます。
受験生時代
東進ハイスクールの英語1000題テストで、全国2位を獲得しました。
学生時代
「この世界は、どのような仕組みで動いているのか」。その問いを追い、学生時代に出会った霊能者の鞄持ちを経験しました。そこで学んだのは、目の前の問題の奥に、表面からは見えない道理があるという考え方です。
その経験をもとに、学生時代から占い師として活動。「高級おみくじ」のコンテンツを制作し、人の悩みや人生の選択に向き合ってきました。
2018〜2021年
この期間に、ココナラの売上・おすすめの両ランキングで全国1位を獲得しました。相談に応じることと、コンテンツをつくって届けること。その両方を仕事として経験してきました。
一年の間に大阪、京都、奈良へと住まいを移し、
祖母からは「風来坊」と呼ばれていました。
一年の間に大阪から京都へ、そして奈良へと引っ越し、三つの街で暮らした時期がありました。あちこちを渡り歩く姿を見て、祖母は「風来坊」と呼んでいました。
バーテンダーになったきっかけは、自転車で京都を旅していたときに、祇園でたまたま見かけた求人でした。引っ越したばかりでお金がなく、その仕事に飛びつきました。
その店で働くうちに、お客さまから「うちの子を見てくれないか」と声をかけられました。これが、初めて引き受けた家庭教師の依頼でした。
その子の模試の順位は、1,000人に換算すると999位でした。入試まで残された時間は2か月しかありませんでしたが、その間に少しでも学力を伸ばせるよう、指導を始めました。
2か月後、その子は志望校に合格しました。それだけでなく、勉強嫌いだったその子が、数学を好きになったのです。
自転車で京都を旅していなければ、あの店の求人にも、お子さんのことを頼んでくれたお客さまにも出会わなかったかもしれません。こうして人との縁がつながり、今も続く家庭教師の仕事が始まりました。
埼玉で初めて担当したのは、浦和高校を志望する中学3年生でした。初回の授業は2023年12月4日。翌年2月の入試まで3か月を切る中、数学と理科の指導を始めました。
現在も、1コマ60分を続けて受ける連続授業や、週4コマなどのご依頼を受け付けています。
課題は、ケアレスミスと時間管理でした。大問ごとに時間を測り、本人の解き方に合う配分を検討。大問1にかかった時間に応じて、その後の解き進め方を変えられるようにしました。
失点の多かった作図と確率は、過去問で集中的に演習。課題を絞り、繰り返し取り組みました。
まずは全範囲の記述問題に取り組み、説明に使う言葉を整理しました。答案を添削しながら、どこまで理解できているのかを確かめていきました。
そこから苦手な分野を特定し、必要な演習に重点を置いて指導しました。
学力を伸ばす原動力になったのは、本人の「浦和高校に行きたい」という強い思いです。難しい問題では、ともに考え、答えを導いていきました。
本人の努力が実を結び、2024年春、県立浦和高校に合格しました。
教えること、自分で表現すること、人が集まる場をつくること。それぞれの現場で得た経験を、生徒と向き合う時間に生かしています。
家庭教師
一人ひとりの学習・進路支援や、関心を深める探究学習に取り組んでいます。プレゼン指導、小論文、志望理由書作成のサポートでも、本人の経験や考えを掘り下げ、自分の言葉で伝えられるように支えます。
「何がわからないか」だけでなく、「何ができるようになりたいか」も聴く。本人にとって学ぶ意味を、一緒に見つけていきます。
ボーカル・ライブの企画
音楽活動では、ボーカルとして歌うほか、ライブの企画も手がけています。自分の中にあるものを形にし、人に届ける。その難しさも喜びも、表現する当事者として経験しています。
何を伝えたいのか。どうすれば相手に届くのか。表現する側で考えてきたことが、生徒の発表や文章を支える視点にもなっています。
コミュニティの運営
人と人がつながり、それぞれの関心や得意なことが交わる場をつくりたい。その思いから、コミュニティを運営しています。
「この人の役に立ちたい」「一緒に何かをつくりたい」。やりたいことは、そうした人との関わりから生まれると考えています。
一人で「やりたいこと」を探していると、買う、見る、楽しむといった消費に偏りがちです。人とつながる経験を、座学以上に大切にしたい。生徒にも、人との関わりの中で、自分にできることや心が動くことを見つけてほしいと思っています。
厚みのある人間を育てる。これが、彼方の家庭教師の教育方針です。自分自身の本能の声から目を背けず、経験を重ね、自分と向き合うことで、人生を謳歌できる人間の厚みが育つと考えています。学力を伸ばすことも、その子自身が豊かに生きるためです。教える側も、この方針を自分の生き方で示せるよう、存在そのものを磨き続けています。
子どもと対等に接するとは、大人が子どもの目線まで自分を下げることではなく、素直な等身大の自分で向き合うことだと考えています。
わかる言葉を選ぶことと、本当の力を隠すことは違います。大人が力や生き方を見せなければ、子どもは何に憧れるのでしょうか。だからこそ、自分を取り繕わずに接することを大切にしています。
礼は、形だけ整えればよいものではありません。相手に自分を超える力を感じたとき、自然と敬意が生まれるものだと捉えています。
その力は、知識の豊富さや鍛えた身体だけではなく、「魂」と呼びたいような、その人の存在感です。どれだけ自分と向き合い、自分を鍛えてきたか。その積み重ねが、人としての輝きになると考えています。
まだ道の途中ですが、教える側も歩みを止めず、より高いところを目指していきます。
保護者の方の願いと、生徒本人の気持ち。その両方を聴き、何に困り、どんな助けを必要としているのかを確かめるところから始めます。
やりたいことが、まだはっきりしていなくても大丈夫です。何に心が動くのかを探りながら、次の一歩をともに考えます。
教わったことは忘れるが、自分自身で気づいたことは忘れない。この信念を、指導の軸にしています。自分でつかんだ気づきは、問題を解く力になり、その後の物事の見方や判断を支える土台になります。
その存在だけでも、周囲に気づきを促せる人でありたい。教える技術とともに、そのような在り方を探求し続けています。
どのような教育が、人を最もよく育てるのか。探求を重ねる中で、江戸時代の教育に、その理想を見いだしました。
とりわけ学びの柱としているのが、神道・儒教・仏教の思想です。知識や技能とともに、心の在り方や人との関わりまで育てる。そのような教育を、現代の生活と生徒一人ひとりに合う形で取り入れています。
指導を終えた教え子からの相談にも応じています。勉強に限らず、進路や生き方に迷ったときにも、話を聴き、ともに考えます。
何を大切にし、これからどうしたいのか。話すうちに気持ちや考えが整理され、自分で次の一歩を選べるように。授業と同じく、人生の相談でも、本人の気づきを大切にしています。
自分の内側から湧く本能の声、つまり直感に耳を傾け、その声に従って生きる。そこに、誰かの正解をなぞるだけでは得られない、自分だけの人生があると考えています。
福田恆存が『人間・この劇的なるもの』で論じた「宿命」にも、この生き方に通じるものを感じます。「自分は、この人生を生きている」という必然感を持つことです。
授業でも、生徒が何に心を動かされ、何を望んでいるのかをともに探ります。学力を伸ばすことに加え、自分の直感を磨き、自らの宿命を生きられるよう支えていきます。
考え方の手がかり:福田恆存『人間・この劇的なるもの』
