昨日は5名の授業がありました。今日もありがとうございました。
教え子に、いわゆる優等生タイプの子がいます。学校の先生に最後に怒られたのはいつだったか分からないくらい、普段は怒られることのない子です。
ところが、間の悪いことが重なって、5日連続で、それぞれ別のことで怒られたそうです。話を聞く限りでは、たしかに本来なら怒られる必要のない、理不尽なことばかりでした。
理不尽、いいですね。
どうにも納得のいかないことが起きたとき、自分をどう持っていくか。こういう話を聞くと、そんなことを考えます。
学生の頃から占いのような仕事もしていて、相談を受けると、その人に合いそうな「言葉の処方箋」を出すことがあります。
「相手が小さく見えるくらい、自分が強くなればいい」
「不幸の先払いだと思えば、この先に良いことがあるぞ」
「映画の主人公になったつもりで考えてみよう」
「憧れの人だったら、こういうときにどう考えるだろう」
「いつか振り返ったら、良い青春だったと思うかもしれない」
それでもだめなら、「100年後にはみんないないぞ」とか、「宇宙のことを考えろ」とか。だんだん話の規模が大きくなっていきます。
同じ出来事でも、見る角度を変えると、少し気持ちが楽になることがあります。目の前のことだけで頭がいっぱいになっているときには、そういう言葉が役に立つこともあるのでしょう。
ただ、最近はもっと単純な姿勢が、いちばん早く人を元気にして、逞しくするのではないかと思っています。
「全て受けきってやるよ、かかってこい」
なぜこんな目に遭うのか。この出来事にはどんな意味があるのか。あれこれ理屈をこね回して、納得できる説明を探していると、その間もずっと出来事に振り回されてしまいます。
それなら、納得のいく理由が見つかるのを待たずに、「よし、受けて立とう」と腹を決めてしまう。そのほうが、力が湧いてくる気がするのです。
理不尽なことまで含めて、自分の人生を引き受ける。それくらいの気持ちでいたいと思っています。
全て呑み込んでしまえ。